最終更新日:1999年07月24日 Copyright (C) 1999, Hidetoshi WATANABE
[ホームページ] [旅行記] [e-mail: hidetosi@nabe2000.com]
雨上がりの東京を慌てて出発し、いつものように成田空港第一旅客ターミナルへ向 かう。飛行機のチェックインをしようとすると、南ウィングは閉鎖されていた。少し焦ったが、後ろに見えた「北ウイング出発」と言う表示で一安心。ターミナルビルが新しくなったようだ。しかし時計を見るとキャセイパシフィック航空はまだチェックインを受け付けていて、手荷CX509便の出発まで35分しかない。チェックインカウンタで物なしの窓口があったため行列を尻目に何とかチェックインできた。黄金週間の初日で長蛇の列になっている通常のエコノミークラスに普通に並んでいたら、チェックインできたころには飛行機が飛んでいってしまったにちがいない。「こいつ今ごろ来たよ」という意味の言葉を過剰に丁寧に言いながらチェックインの処理をしてくれた係員にせかされて出国審査場へ向かうが、初めての場所なので勝手がよく分からない。手荷物チェックをしてから出国のようだ。出国審査もそれほど混んでいなく、あっという間に搭乗。何とか10:00の出発に間に合ったが、ぎりぎりにチェックインするのはあまり体にいいものではない。もっと早く家を出なければと反省。
離陸後11:30になってやっと、「朝食」と機内案内は言っていた。どう見ても昼食だと思うが。チキンのカレー風味はなかなかうまい。最後にハーゲンダーツが出てきたのには驚いた。サービスがいい。疲れていたのでひたすら眠る。
乗り換えの香港は雨だった。バンコク行きの搭乗券を受け取ったらビジネスクラスだったのでラッキー。しかし手荷物検査で殺虫スプレーを没収されてしまった。2年前にバンコクのカオサン道路のコンビニで買って以来、南国の旅行には大抵持参したのだが、機内持ちこみ禁止はおろか、没収は初めてだ。「7日以内に香港で返還請求しないと破棄する」と一方的に書かれた紙切れを渡されてしまった。いつも余り使うことがなかった物だから、諦めることにする。
CX751便は30分遅れて晴天のバンコクに着いた。もう夕方なのだがさすがに外は暑い。しばらくは空港内をうろうろして、観光案内所でチェンマイ方面の鉄道時刻表をもらったりしているうちに外は夕立になっていた。いつものように空港ビルの歩道橋から駅のホームへ降りようとするとそこには屋根付きのスロープができていた。タイではこの二年間をamazing Thailand といって観光誘致に努めている。空港内にもそのポスターがあちこちに貼ってある。東京の地下鉄通路にも「タイ焼きの女」などよく分からない宣伝ポスターがあって大変な熱の入れようだ。そのせいもあってか、昔は巨大国際空港の目の前にある小さな田舎駅だったドンムアン駅も、このスロープと上り線ホームにできた近代的な屋根と上下線を仕切る柵でかなり立派な駅に様変わりしていた。そのおかげであまり濡れずにたどり着くことができたのだが。
切符売り場へ行き時刻表を指で示してチェンマイ行きの切符を買う。しかし出てきたのは手書きの切符。しかも運賃料金内訳と列車番号、区間がタイ語で書いていあるだけ、かなり不安である。今コンピュータがダウンしていてオンライン発券ができないという。なんだがなあー。
列車は20分程遅れて到着。係員に切符を確認して乗り込む。始発駅から一時間ほどしか走らない時点で20分も遅れているのがタイの鉄道らしいところだ。持っている切符には号車番号すら書いてないので車内のあちこちにいる車掌らしい人物に片っ端から切符を見せてやっと席に落ち着く、予定通りエアコン二等寝台だったのでほっとする。車掌は親切にも外国人用に英語で書かれた注意事項の紙を見せてくれた。貴重品は身につけて寝ろとか、窓は閉めろとか、見知らぬ人からもらったものは食べるなとか書いてあった。日本でもかつて寝台盗という職業が存在していたので、気をつけなければならないのはタイばかりではない。ここでも疲れていたため20時ごろになると眠くなってきた。それを見計らったように車掌が座席を寝台に作り変えてくれた。荷物を足元に抱えると狭いベッドの中で体をねじまげるような格好になってしまったがそのまま眠る。雨に追われた一日目はこうして終わっていった。
気がつくと外はスカッと晴れていた。列車は40分遅れでチェンマイに着いた。しかしここでどうすれば言いか迷ってしまう。今回の旅はチェンマイに行くことしか考えていなかったが、そこにずっと居続けるには日数が多すぎる。別の町へ行く場合も今すぐバスターミナルに行くか、今日はチェンマイに一泊するかどちらかを選ばなければならない。荷物を持ってぶらぶらしていたらだんだん面倒になってきた。疲れているので今日はチェンマイに泊まることにしよう。
最初に行ったゲストハウスはベン・ゲストハウス。紹介された100バーツの部屋は狭いが、このゲストハウスは閑静な住宅街にあって外のテラスがとても気持ち良い。思わず泊まりたくなったが、この周辺には旅行代理店やツアーの取り扱いがなさそうなので朝食だけとってここは諦める。次に向かったのはターペイ門近くのタナ・ゲストハウス。ここも大通りから小道を入ったところにあるので静かだ。しかも近くにはインターネットカフェや旅行代理店がたくさんある。200バーツは少し高いとは思ったがここに決める。
宿の「カニさん」は名前がタイ語の蟹という意味なのでそう呼ばれていると紹介された。もちろんそう呼ぶのは日本人だけだと思うが。カニさんにトレッキングツアーを紹介されてなんとなく行きたくなってきた。夕方までにどうするか考えることにしよう。部屋でシャワーを浴びて一休みしたら遅めの昼食。ゲストハウスで焼き飯を頼む。とてもうまいぞ。味付けが辛くないのが良い。
食事をとったら、近くで自転車を借りて散歩に出かける、街の西のほうにチェンマイ大学があるので行ってみる。チェンマイは車通りが激しい上に道路の幅が狭いため自転車を走らせるのはかなり大変だ。でも、チェンマイの街並みは、騒々しくてもどこか落ち着いていて、とてものんびり時間が流れているような気がした。アスファルトの照り返しでとても暑いが、自転車に乗って受ける風は非常に気持ち良い。もう少し車通りが少ないといいのだけれど。途中チェンマイ大学美術博物館があったので入ってみる。民族衣装や家庭の台所風景、機織りの道具などが展示してある。美術館の建物は近代的なのだが、がらんとした展示室内にはアルバイトらしい学生が暇そうに番をしていただけで寂れていた。
帰りに市場を見つけたので吸い込まれるようにして入る。ランブータンを買ってみる。この市場は果物、野菜、魚など食品の店が多い。切り売りしてすぐに食べられるようになっているスイカを見つけた。当然買ってその場で食べる。日本で食べるのと同じ味だ。暑い中を移動しているとスイカのみずみずしさがこんなにありがたく感じるのかと感動した。
いったんゲストハウスに帰り、明日のツアーの申し込みをする。一休みしたらナイトバザールに行ってみる。ナイトバザールは通りの両側の歩道に所狭しと露天が並ぶ。一角には食事コーナーがあり、その前の広場にはテーブルが並べてあって休憩ができる。広場のステージではタイダンスのショーが行われていた。3人の女性が出てきてタイの伝統的な踊りを披露していたが、なんか一人だけ、隣の人の動作を横目で見ながら踊っている人がいるなあ。それでも一生懸命踊っているのがけなげだ。このナイトバザールで旅行用のスーツケースを発見。仕事で出張に行くときに便利そうだ。900バーツと安いが今買うと荷物になるので後で買うことにしよう。
さすがに疲れていたので、起きたら既に9時ごろだ。宿で宿で遅めの朝食を取った後、今日は少数民族博物館に行ってみる。カニさんに聞いたらタクシーで行ったほうが良いというので宿にタムロしていた運ちゃんに連れて行ってもらう。延々と街を走っていたトゥクトゥクはやがて郊外っぽいところに出て、さらにひとけのない広い公園のようなところに着いた。遠くに見える箕傘風の建物が博物館らしい。見学が終わるまで運転手に待ってもらうことにして博物館へ向かった。
山岳地方の少数民族の分布、特徴を示した人形、1年間のスケジュールなどが展示してあった。ガイドブックには衣装や特徴の説明しか書いていないが、実際に衣装を着せた人形を見るとその特徴がよくわかる。民族によって年間のスケジュールが微妙に違うが、大体5月から6月頃に「結婚シーズン」があり、これは村で大変重要なイベントだそうだ。他にも村の入り口に飾ってある魔よけや祭りのときにつける装飾品など、展示の数は少ないが面白いものが多い。トレッキングツアーに参加する前にここを見ておけばもっと役に立っただろう。しかし、リス族の女性はすらりとしていて背が高く、なぜこんなに美しいのだろう。思わず惚れてしまうほどだ。
宿へ戻ってきたら既に1時を過ぎていた。このゲストハウスの焼き飯はうまいのだが、他の食事もしてみたくなったのでターペイ門の向こう側に合った西洋風レストランに行く。冷房の効いた涼しい部屋からガラス窓越しにある噴水を眺めながらハンバーガーを食べる。屋台で食べることばかりが食事ではない。たまにはこんなのもあっていい。
もうすぐ飛行機の出発時刻だ。宿に帰って荷物を受け取り、時間までは絵葉書を書く。今回の最大のイベントはチェンマイからのトレッキングツアーだったが、そのチェンマイともこれで終わりだと思うと少し寂しい。でもチェンマイはバンコクと違う落ち着いた街の雰囲気とのんびりした時間の流れがある。チェンマイにはまたくることになるような気がした。
さっきのタクシーの運転手を捕まえて空港まで行く。空港へ向かうトゥクトゥクに一人で乗るのはかなり寂しい。チェンマイこ空港はちょっとした田舎の空港という感じだが中は完全に観光空港になっていてあちこちに売店があった。チェックインするともうすぐ離陸時間が迫っていたのでさっさと乗りこむ。なんか空模様が怪しくなっていた。
今日の仕事の残りはバンコクで買い物をすることである。いつもなら市バスのバス停に行くのだが今回はそうはしない。市バスは運賃は激安なのだが、時間がかかるため肝心の買い物に時間が取れないのだ。そして、私が知っているバンコクの市バスといえば、カオサン通りへ行く59番だけなのだ。私が乗り降りした空港の中でバンコクはもっともその回数が多い。そして空港から市内まで行き、安宿に泊まる。こんなことを何度も繰り返しているのに、バンコクで買い物をしようとするとどうしていいか分からないのが不憫だった。今回私は完全に「バンコクに始めて来た人」になりきる事にした。そこで、空港の案内所へ行ってリムジンバスの乗り場を聞き、「夜遅くまで空いているショッピングセンターへ行きたい」と聞いた。
バスを待っている間に、夕立が降ってきた。また、雨である。本当に今回の旅行は雨が多い。20分程待つと、空調のよく効いた豪華なバスがやってきた。案内所の人に教えられたパッポンまで運賃は70バーツ。高速道路を使ったため思ったより早く着いた。パッポン通りは確かにみやげ物の店が所狭しと並んでいて買い物には困らなかったが、買おうと思っていたドリアンとローヤルゼリーはどちらも無かった。それより怪しげなバーの勧誘がしつこい。そういうのには興味がないのだが次から次へと誘われるのでだんだん嫌になってしまった。
パッポンは無駄足だったが、突然ローヤルゼリー=中国=チャイナタウンという考えが浮かんだ。チャイナタウンに行って見よう。そこにはドリアンもあるかもしれない。バイクタクシーを見つけて値切りに値切って40バーツでチャイナタウンへ行ってもらう。
とっくに夜9時を回っていたが、チャイナタウンには予想通り薬局があちこちにあり、ローヤルゼリーも難なく買うことができたが、ここで問題発生。手持ちのタイバーツが足りない。店の人に両替をできる場所を聞いたら、奥の事務所に連れて行かれた。百戦錬磨のビジネスをしてきたような恰幅のいい中年の中国系女性が奥の机にどっしりと座っていた。両替は1万円札からしか行わず、言い渡されたレートは 10,000円=THB2,900。要するに私設の両替取引だ。明日タイを経つのに1万円も両替するのは過剰だし、銀行では THB3,000になる1万円をこんな悪いレートで換えることに腹が立ち、一般の両替商を探すことにした。
しかし、外にある両替商はどこも閉店していてATMだけがひっそりと営業している状態だった。仕方ないのでさっきの女性の所に戻った。無表情でタイバーツを用意しながら彼女は「今日は銀行は閉まった。明日は祝日で銀行は休み。日本円はダメだ。」と中国語で言い、拳に立てた親指を下向きに下げる仕草をした。今の自分はこの女性がもっと悪いレートを持ちかけて来ても両替せざるを得ない。つまり私は彼女との間で両替というビジネスに負けたのである。異国で生きる華僑のビジネスの現実を突きつけられた感じがした。
何はともあれ、無事に買い物を済ませたら急に腹が空いてきたので、近くの屋台でうどんを食べることにした。
(前日)
夕食中に再び降り始めた土砂降りの雨は一向に止む気配がない。雨に濡れずに空港まで行くにはどうすればいいだろう。空港までは列車でいけるとしても駅へ行くだけでも大変だ。チャイナタウンからホァランポーン駅まではそう遠くないはずなのに、この雨ではとてつもなく遠い道のりのように思えてくる。公共バスで行きたい気持ちを抑えて、トゥクトゥクを止めて値段交渉する。最初の運転手は50バーツといってきた、高い。しかし価格交渉のたびに店から出て行かなければならないのでどんどんずぶぬれになって行く。それを見かねて、食堂のおばちゃんが30バーツで交渉してくれた。ありがとう。トゥクトゥクは土砂降りの雨で冠水した道を豪快に水しぶきを上げて疾走する。この旅は初めも終わりも雨にたたられるなあ。
23:25発ウボンラチャタニー行き夜行列車の座席は、既にほぼ満員の状態だった。デッキに立っている人もいる。所々雨漏りしている場所もある。この蒸し暑い中、朝まで立ちっぱなしは大変である。通勤電車のような長いすで、席を詰めてもらい何とか座る。向かいの席は子供連れの一家。父親が床にダンボールをしいて娘の寝場所を作っていた。
(当日)
まずは無事空港に着いたが帰りの便は朝の6:00。それまで空港で時間を潰さなければならない。絵葉書を書いたりボーっとして過ごす。相変わらず外は土砂降りの雨。そして空港ビルの中はエアコンが効きすぎて寒い。
3:30になってようやくチェックインカウンタが開いた。続々と搭乗客が行列を作る。ほとんど全員が日本人だ、黄金週間の帰国ラッシュの日だから当然だろう。たとえ空港に前泊しなければならない不便な時刻の便でも、この日の帰国便の予約を持っているというのは極めて貴重なことである。そしてノースウェスト航空NW2便は雨のバンコクを飛び立った。
結局前夜ほとんど眠れなかったので機内では爆睡。食事以外のときはずっと寝ていた。本当は飛行中にコックピットを見せてもらおうと思っていたのだが、そんな元気は既になかった。ほぼ定刻に五月晴れの成田に到着、やはり5月の日本は気持ち良い。
今回は最後に重要な仕事がある。入国したら植物検疫へ行き、係員にドリアンを見せる。農水省の係員はトゲの隙間を丁寧に調べた後、袋に検査済みのスタンプを押してくれた。ドリアンの持ちこみは成功である。この重たいドリアンを友達に披露して、この旅は終わるのだ。
[ホームページ] [旅行記] [e-mail: hidetosi@nabe2000.com]


渡辺英俊: hidetosi@nabe2000.com