最終更新日:1998年09月29日 Copyright (C) 1998, Hidetoshi WATANABE
陸路と航路で中国を目指すこの旅の第一歩は、JRの夜行快速「ムーンライトながら」号で始まる。東京を深夜に発ち、翌朝大垣へ。その後も普通列車を乗り継いで大阪まで行く。普通列車を乗り継ぐ旅は初めてではないが、これが海外旅行の始まりということを考えると違う緊張感がある。東京駅から、この列車を振り出しにして、飛行機を使わないで中国へ行くのだ。とても不思議な感じのする出発だった。
23時30分、発車10分前に東京駅に着いた。がそこで待っていたのは、上り列車が昼間の大雨で遅れているためにその折り返しとなる「ムーンライトながら」は出発の目処が立っていない、という案内だった。いつ来るともわからない列車を待っていながら、「この分だと明日の上海フェリーに間に合わないなあ」と考えながらも、「まあいいか」と不思議と冷静に構えていられた。それはやはり、今自分が海外旅行の最中なのだという緊張感の裏返しのような気がした。しかし周りを見回しても、平然と談笑する人、地べたに新聞紙を敷いて寝込む人。たとえ列車が遅れても動じないたくましさに満ちていた。いつものせわしない日常から開放され、多少のトラブルにも目くじらを立てずに対処しなければならない世界を味わうために出る旅。私がしようとしているのは、まさにこのような旅だったのかもしれない。
「ムーンライトながら」は寝静まった東京駅を2:20にやっと発車し、少しでも遅れを取り戻そうと疾走した。それでも名古屋に着いたのは8:00。新幹線に乗り換えて京都まで行く。いきなり4930円の追加出費。これで旅が続けられるなら安いものである。乗車したひかり101号は、東京を6:13に出た朝一のひかり号。いったい私は何をやっているのだか。

10:30頃にフェリー乗り場に到着。間に合ってよかった。乗り込んだ蘇州号の船内はとても清潔だ。きらびやかな豪華さはないが落ち着ける気楽さがある。12:00定刻に出港。遠ざかってゆく港には数人しかいない見送り客が寂しい。ドラもテープもない出発。しかし、シートベルトで体を座席に縛り付け、緊張して出発する飛行機と比べて、なんと開放的で優雅な出発なのだろう。
出港後、すぐに食堂が開いたので昼食。ご飯とマーボー豆腐を食べる。ご飯がばさばさなのが不満。マーボー豆腐はかなり辛いが、うまかった。食堂で同席した人は会社を退職し、日中国交回復の25年前に親善使節団として初めて中国に渡った体験を再現したいためにこの船に乗っているそうだ。その後1ヶ月間中国を放浪するという。しばし旅の話で盛り上がる。やはり船はいいなあ。
疲れていたので昼食後は爆睡して、気が付いたら夕方。海に沈む夕日がきれいだ。夕食はエビフライとビールを奮発。チンタオビール1瓶250円は安い。さすが免税の船内。
前日までの疲れが溜まっていたので、夕食後もいつのまにか眠っていた。目が覚めたので風呂に入る。銭湯と同じ普通の風呂だ。風呂に入っている間も、こうして中国へ向かって進んでいるのがすごく妙だった。風呂を終えて外に出ると、真っ暗闇の海の向こうにかすかに陸地が見える。足摺岬の近くだろうか。
船内放送があって、時計を1時間遅らせて消灯。雑談を止めて床に就いた。
昨夜歩きすぎて今日は大寝坊。時々目が覚めながらも、起きたのは10時。念のため電話で明日の飛行機のリコンファームをしてから外出する。どうやら市内電話は部屋から只でかけられるようだ。
まず朝食。ホテル近くのそば屋で冷麺を頼む。深いドンブリいっぱいに麺が入っていて、具がわずかに乗っている、そしててやけに脂っこい。学生達は半分も食べずに残していたが、私は空腹で仕方なかったので全部食べる。まあ、それなりにうまかった。5元くらい。
今日最初に目指すところは、魯迅公園。中国の公園は有料なので入場料(1元)を払う。広場の木陰の卓は囲碁や将棋で賑わっている。2人が対戦し、その周りに必ず数人の観客がいる。そうかと思えば建物の縁側やベンチで寝ている人もいる。きもちよさそーだ。魯迅公園というからには魯迅の墓があり、像も建っている。でも一番人気があるのはその脇の木陰のベンチだった。やっぱりみんな寝てる。


園内にちょっとした遊園地があったのでからかいついでに遊ぶ。宇宙船の形をした謎の乗り物が池に浮いていた。係りの人に「これ何?」と聞いても、案内板を指差すだけで、「切符を買え」といわれた。どうせ説明してもらっても分からないけどね。ものは試しと乗ってみると、電気で動くボートだった。モータの前進、後退、停止、そしてハンドルで向きを操作する。しかし、船体がドーム型をしていて、わずかな小窓からしか外が見えない。その馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。10分で8元。定員2名。安くて笑える乗り物だった。他に遅くて子供だましとしか思えないミニジェットコースターにも乗った。しかしこれ、日本のジェットコースターのような肩の固定装置がなく、その上車両が壊れそうなくらい揺れて別の意味で怖さが味わえる。前後に重なって2人乗り。これはカップルで乗るときっと良いだろう。

公園の入口の近くに建物がある。トイレだった。トイレの入口におばちゃんがいる有料トイレだ。中はとてつもなくきれい、立派である。ふーん、便器はタイのと同じ形式なんだ。紙付き、2角。
その後豫園のある所までバスで移動。しかしものすごい混雑で、停留所に着いても降りられない。「降りますー」と言っているのだが出口付近の乗客は道を開けてくれない。ドアが開いたときに乗客がみな同じ事を叫んでいるが、なんていっているのか分からない。「さっさと降りて行け」と言っていたのかな。どうやら降りるときは出口を譲ってくれるのを待つのではなくて、人をかき分けて降りなければいけないらしい。学習学習。
近くに「無料の」公衆トイレがあるようなので行ってみる。ごみごみした住宅街の中のちょっとした広場の隅にある建物がそれだった。建物自体はきれいだ。しかし、「する」ところがなく、錆だらけの鉄製の流しがあるだけ。しかしその流しには.....「もの」がべっとり。まさかここにするわけはないよな。家庭内の「おまる」にためて、その中身をここに捨てるのだろうか。それにしてもものすごい匂い、匂いに負けて1秒で脱出。
今日の昼食は3人でシャオロンポー。うまいうまい。でも16個で10元はちょっと高いような気もする。酢醤油がすっぱすぎる、もう少し薄い味がいい。しかし、有料でもいいからお茶ぐらい出して欲しいぞ。仕方がないのでコカコーラ(2元)を飲む。シャオロンポーとは全然合わない味だ。


豫園は庭園。中には庵があったり川や池、橋があって風流。外国人旅行者も多い。興味深かったのは中国国際旅行社(CITS)のツアー。ドイツ語と、ポルトガル語(らしい)のガイドを見かけた。しかもガイドの言葉もとても流暢。ドイツ語で冗談を言ってみんなを笑わせるなんて、このガイドはいったい何者なのだ。この分だと日本語ツアーがあっても不思議ではない。CITSおそるべし。
豫園は4時半に閉園なので、その後は周辺の土産物屋で買い物。日本人観光客も多いらしく、買い物は日本語でもできそう。あちこちの店頭には身長体重測定器がある。全自動で瞬時に測定して、画面に表示し印刷してくれる。子どもの場合は将来の身長の予測までしてくれるようだ。若い女性も人前で平気で体重を測っている。私も測ってもらった。しかし、全自動の測定器の前にいる係の女性っていったい....呼び込みをするわけでもなく、単に客が払った料金(1元)を機械に投入するのと、出力した測定結果を手渡すためだけにいるみたいだ。さすが中国。
その後電器店を見つけて買い物。中国で使えるニッカド電池充電器を探す。単機能の小型の安いやつもあったが、店員はしきりと高機能の大き目の方を勧める。なぜなのか聞くと、どうやら自動充電終了機能や単4型充電機能があるかららしい。そんな機能はいらないので小さい方を買う。しかし渡されたのは伝票だった。これをもって勘定場で支払をして伝票にはんこを貰い、売り場に戻って伝票と引き換えに商品を受け取る。そう、ここは国営の百貨店だったのだ。思わぬ体験ができて少し興奮。充電器23元。今度の旅行に持っていくことにしよう。
外灘近くの中華料理ファストフード店で上海最後の夕食。肉や野菜を炒めたものや点心をカフェテリア方式でとってレジで清算。店内は満員だった。しかし、炒飯の味付けがどこのものも薄いのはなぜだろう。全然味がしないじゃん。

ホテルに帰ったらもう21時半。ホテルの入口では、雲南省の少数民族「サニ族(?)」の人が民族衣装を着て刺繍製品を売っていた。夏の3ヶ月間、上海に出てきて、土産物を売り歩くのだそうだ。それにしても日本語がうまい。学校で習ったのではなく、物売りをしながら覚えたのだという。土産物をまだ全部買っていなかったので座布団カバーを購入。値切って1枚20元。雲南にもいつか行ってみたいなあ。
2日間共に上海を歩いた学生達とも今朝でお別れ。私は日本へ帰る飛行機、彼らはアモイへ行く列車に乗る。3人で7時に宿をチェックアウトし、私は外灘からバスに乗って民航バス停に向かう。しかしバスは途中で運転打ち切りになってしまったので途中から歩くはめになった。朝から暑いぞ。民航バス停に着いたのは8時。ちょうど空港からのバスが着いたところだった。運転手と雑談していた切符売場の係員の女性に「フェイチー、チーチャン、チーチャー」(飛行機、空港、バス)と言う。まるで赤ん坊だな。係員に私の飛行機の出発時刻が10時20分であることを伝えると、「なんだ余裕じゃん」と言った素振りで再び椅子に座ってくつろいだ。「バスはいつ発車するの?」と聞くと8時40分だという。おいおい、チェックインに間に合わなかったらどうすんだよ。と心配しつつも、中国語で会話が通じたのでちょっと満足。
何とかなるさ、という感じでバスの中でボーっとしていると、時刻通りにバスは発車した。運賃たった4元のこのバスに乗客はわずか3人、道を行く他の市バスはどれも大混雑しているのにだ。この不思議なバスは40分で空港に着き、ユナイテッド航空の成田経由サンフランシスコ行きに余裕でチェックインできた。西洋系の旅行者がかなり多い。
出国のときに審査官に中国語で「上海に来て何日になるのか?」と聞かれた様だったが、とっさにそうとは分からず、「8月2日」と答えてしまった。質問の内容が後から理解できただけに、正確に答えられなかったのが悔しかった。
機内は満席、食事は鶏肉の四川料理。これはうまい。UAにしては上出来である。そのままうとうとしたらもう成田。3泊かけてやっとたどり着いた行きの行程に比べたら、あまりにもあっ気ない帰国だった。
[ホームページ] [旅行記] [e-mail: hidetosi@nabe2000.com]


渡辺英俊: hidetosi@nabe2000.com